2014年9月12日金曜日

ガラス







落としたコップが綺麗だったので撮ってみた。

オランダに来てから、自分の部屋でも靴履いたまま過ごすのが嫌で仕方なかったけど
床がコンクリートのようなものだからガラスが綺麗に割れたんだと思うと、なんだかこの部屋に愛着が湧く。

次は留学のこと書こう。






2013年8月3日土曜日

波よせて



波よせて / クラムボン

素敵な曲だと思う。

2010年のサマソニのビーチステージでクラムボンがこの曲を演奏しているのをたまたま見て、引き込まれて、それまであまり好きとは言えなかった海に興味を持つきっかけになった曲。
しかもそれは本番ではなく、リハをしている時だったようでバンドメンバーみんな気楽ににこにこ演奏してみたよ!という雰囲気で。あの緩んだ表情がよかった。

ステージの上でボーカルの原田さん海を指さしながら「海の向こうに何がある?」と歌詞の中の一セリフを言った瞬間、もう、震えが止まらなくて。


子供の頃の私は、「海」というと、海水浴とか砂浜遊びとかって勝手にイメージ持ってて、流されるし溺れる(実際溺れた)し、クラゲに刺されるわであまり好きではなかった。
海の向こう、ここではないどこか、日本という島ではなくてもっとずっと向こう、そこに行ってみたいと憧れるようになったのはこのライブを見たあたりからだと思う。「海」は人間が住む土地を囲っているものだという考え方から、「海」を渡れば同じように人間が住む土地に辿り着くという考え方になった。
ずっと日本から出たこともなかった私が海外に行く!行ってみたい!と思うきっかけの一つだったのかもしれない、と今は思う。


でも、こんな風にゆらゆらと「海の向こう」に憧れて信じ続けていた矢先に見た現実があった。

津波。

2011年3月11日。やっぱり海は地上の人間を囲う存在だった、絶望した。
海に憧れている場合じゃない、日本にいなくては、できることを私がここにいてしなくては。
私の地元も被災していたし、何かしようと足を動かしてはみたのものの、無力。無力。

そして大学に入学してかつて持っていた海外や海の向こうのこと、全て曖昧なまま、憧れも目的も投げ出して楽な方に逃げるようになっていた。
逃げれば逃げるほど、津波の時の衝撃やかつての志も忘れていく。自分が忘れていくことに気付いても、「人間はこういうものなのか、いつか情熱なんて忘れる」と客観視する癖だけが付き、何も行動しようとしなくなった。


だめだ、続きはまた今度書こうかな。

2013年7月30日火曜日

現実






Elephant Stone / Stone Roses


図らずとも自分の欲を一番にしてしまうのが人間であると、私はそう思う。私のように。
何かきっかえを持って「この残酷な現実を周りの人に伝えたい」とか「まず知ることからはじめなくては」という人がいても、現実は何も変わらない。
そんな人はいつの時代も少数だし、説得力に欠けすぎている。感情論すぎる。


正義感だけは人をまとめ上げることは決してできない。
本当に現在におけるある現実を変えたいのなら、組織上で指揮するのではなく
社会の中の一つのアクターとして組織を利用するくらいの気持ちでないと。
やっぱり、組織内部の人の温情に浸ってるような暇はないのかなと、本当に現実を変えたいのなら。

2013年5月1日水曜日

きっと



「言葉で表現できなくなった時、音楽が始まる」





Fatboy Slim/ Praise You

2013年1月25日金曜日

Merry Christmas, Mr. Lawrence





Merry Christmas, Mr. Lawrence/坂本龍一

報道があってから、この曲ばかり聞いている
大嶋渚監督、ご冥福をお祈りします。



2012年12月5日水曜日

世界エイズデー


Sea Within a Sea-The Horrors
http://www.myspace.com/thehorrors

いいねえ、ホラーズ。

myspaceで住所を茨城県で登録しているから、ページ脇のDemand it!の所にいつも、「Bring The Horrors to Mito, Japan!」てな感じでアーティストごとに表示されるんだけど、水戸に来てくれることってあるのかな…あの、水戸じゃなくていい、東京で大丈夫です(笑)
あれってどれだけの人がDemandすれば来てくれるんだろう。
というか、相当な数が集まればその土地に注目してくれるかもしれないってことかな。
そもそもmyspaceの認知が低いだろうから、やっぱりあまり効力ないのかな。


はい。ただ動画を貼り付けたいが為の前置きはここまで。
さて、ちょっと前になりますが、12月1日はエイズデーでしたね。




「1988年、WHO(世界保健機関)が12月1日を“World AIDS Day”(世界エイズデー)と定め、エイズに関する啓発活動等の実施を提唱しました。その後1996年からUNAIDS(国連合同エイズ計画)もこの活動を継承しています。日本でもその趣旨に賛同し、エイズに関する正しい知識等についての啓発活動を推進し、エイズまん延防止及び患者・感染者に対する差別・偏見の解消等を図ることを目的として、12月1日を中心に「世界エイズデー」を実施しています。」
(API-NETエイズ予防情報ネットより)http://api-net.jfap.or.jp/event/HivInsWeek/special2012/WorldAidsDay2012.html





2007年、中3の時、「世界エイズデー」を知って、ある問題や差別に対する「啓発」という概念に、私は初めてまともに興味を持ったのだと思う。
その時は、深刻な問題なのは分かるんだけど、知ったからといって自分が何をできるのか分からないし、「治療薬が開発されるといいな、治ると分かれば誰も苦しまないのに」と単純に思っていた。
でもやっぱり、今になっても感染予防や発症予防はできても治すことはできない。
そこで「伝える」、啓発活動なのか。

エイズの問題は幅広い。私自身知識は多くないから、エイズそのものについては詳しく書けないけど、「啓発」ということに焦点をあてて考えてみたとしても、感染者に対する差別、感染予防、エイズ孤児など世界各地で、そして日本国内でも、「伝える」ものとなる事項はたくさんあると思う。



今までを振り返って、強く頭に残っていることがある。
2年前、私が高校3年の時に迎えたエイズデー。
高校内で、エイズ啓発運動で代表的な「レッドリボン」(といっても赤いリボンをくるっとまいて、中央をホチキスでとめたもの)が配られた。今でも配られるのかな?中高時代は毎年配られてた気がする。
普段生徒間でエイズの話をすることはほぼないが、その日は、私と一人のクラスメイトとで自然とエイズの話になった。

「エイズって空気感染?」

その子が真顔でそう言った。私は何て答えればいいのか一瞬黙ってしまった。当時の私は、じわじわと自分の中でなんともいえない感情がこみ上げてきた。
「そんなわけないじゃん。小中学校の授業で言われてるようなことじゃないの?あんたみたいな全く関心も理解もない人達がいるから、感染者への差別はなくならないし、エイズが深刻な社会問題になっていくんだろが!!!!!」
単純に私はそう思った。だけど「空気感染はしないよ」その一言しか言えなかった。
(ちなみに、エイズ感染経路についてはこちらに詳しくのってますhttp://api-net.jfap.or.jp/knowledge/index.html

その子が、本当はどういう意図を持ってその言葉を言ったのかはわからない。
まあ、その子は純粋な疑問を口にしただけなのかもしれないし、差別とかあまり深い意味はなかったのだと思う。その子だけじゃなくて、同じようなことを思っている人はきっとたくさんいると思う。
当時の私が正しい!だとかを言いたいわけではなく、この事をきっかけに「伝える」ことについて、色々と考えるようになった。
ひとつめには、その子にどう伝えればよかったの?非難?説得?熱弁?
ふたつめには、どうして私はこの問題をその子に理解してほしいと思ったの?エイズを身近に感じたことがない私が、どうして、誤った認識が広がることを防ぎたいと思ったの?



エイズの問題に限らず、政府や国連ではなく私達一般人が「伝える」ことに関して。
誰に、何を目的として、明確かつ冷静に伝えることができなければ、心で受け止めてくれる人は少なくなる。
おそらく、みんなで声をあげることで、社会に変化は生まれる。
その中で、本当に深く問題に向き合い、伝えようとしている自分がその問題とどう結びついているのか、それらを考えた上で「伝える」為の行動に移している人もたくさんいると思う。
ただ「これを周りに知ってもらうため」と、不明確な目的を掲げて声を上げるだけでは、その目的達成のためが故に、見落とされてしまう人が出てくるかもしれない。
啓発活動のされ方によっては、最も困難な状態にある人達自身が声をあげられない社会をつくってしまったり、誤った認識を世間に植え付けてしまう可能性もある。


無関心が一番恐ろしい、そのようなことをよく聞くけど、本当に無関心だけが凶器なのだろうか。今は誰もがどこでも意見を発することができる。ちょっとネット上で呟いただけで、自分の予想していないところで、誰かに影響を与えているかもしれない。伝える側も、伝えた先に何があるのか、何を見落としてしまう可能性があるのか、考えた上での「想い」を持って伝えていかなくちゃいけないんじゃないかな、と。

「伝える」ことによる成果は見えにくいから、「伝える」側も自分達にとって分かりやすい、満足しやすい目標を定めてしまう時もある。
だけど、正しい理解認識の下で、大きな賛否両論含む議論を巻き起こすことが、「啓発」する上での最終目標なのではないかと。


今、高校3年のあの日、エイズデーに戻ってもう一度あの子と話せるとしたら何て答えようか。今でも分からない。

冷静な頭で、温かな心で「伝える」ことができる組織あるいは個人になるためにはどうすればいいのか、答えはでないかもしれないけど、これからも模索していきたい。
ただロジカルでも、ただ熱いだけでも、だめなんだと思う。
実践するのは難しいけど、まずはやってみなくちゃね。





*****
…高校の時の自分、性格あまりよくないな笑
なんだか切なくなってしまったので最後は、ビートルズで




2012年11月1日木曜日

Sweet Lullaby


Sweet Lullaby/Deep forest

この動画が好き。
見れば見るほど引き込まれていく。何度も。
曲に関して言えばSweetLullaby2003verの方が好きなんだけども、動画はoriginalの方が良いのでこちらを貼っておこう!
Deep Forestの曲を聞きながら丸一日外でのんびり過ごしてみたい。



DeepForest教えてくれたリサに感謝!