2019年1月22日火曜日
選ぶことは、捨てること
一つの道を目指すということ
それは、強すぎるから恐ろし。
誰しも道を選べず、選ぶことは時に強すぎて意思がありすぎる。
選ぶこととは、それ以外の選択肢の何かを求めることをやめるということ。
人の出会いも同じことで、気があう合わないというのは、似ている所がある。
しかしながら、それでも人を求めどういう形であってもコミュニケーションを求めるのが人間の性であると、それを人性と思うし、現代に生まれた人である限りなくならないと思う。
選ぶことは、捨てるということ。
それでもなお進もうとする人は、時に異常に魅力的で、恐ろしいものである。
思想は人を強くするし、人のことも魅了する。なくなるべきだとつくづく思う。思想など。
それでも、人が誰かを魅了するような言葉を言ってしまうのは性なのだろうかと、悩みながら生きる今日である。それが、生の中での興味だと。
2017年1月4日水曜日
都市
最近、都市と言う言葉に常に向き合う。
そして毎日街に入り込んでいる、それがリアルな場所でもartficialな狭い空間の中でさえ。
全てが、一人ひとりが、全ての人の手を介したものが一つになっている一つの世界。
そして毎日街に入り込んでいる、それがリアルな場所でもartficialな狭い空間の中でさえ。
全てが、一人ひとりが、全ての人の手を介したものが一つになっている一つの世界。
2016年1月25日月曜日
信じること、変わること
何か一つを信じるということは、その一つ以外のものを信じなくなることかもしれない。
そして時が経つにつれて、信じているものそれ自体の中身が変化しているにも関わらず、信じると決断した時の在り方をそれ自体に強要してしまう。
それが人であれ、ものであれ、思想であれ、信じると決断した時のまま思い描き、それらを時の流れから切り離してしまう。
人が決断した時、その力は大きい。
目に見えようが見えまいが、周りの作用を変えていく。
地球上の人々が次々と決断をしていく中で、信じるものを決めていく中で、その一人ひとりの決断によって時代は常に変わっていく。
そして、信じることによって決断した彼らは、いつしか決断しない者、変わろうとしないものを咎めるようになる。
決断した者は構造の中で努力をし、強者として生きる。そして弱者と強者の構造だけが残る。
弱者と言われた者を守るためだった決断さえも、弱者に変化を強要する行為に移り変わってしまう。
信じていたものも、何か一つを信じている自分自身も、常に移り変わっているはずなのに、変わっていないと思い続けてしまう。
社会における価値観を変えることは、本気で「変えよう」という強い意志と決断がなくては誰の心も行動も動かせないのだと思う。だけど、その時何かを見失うんじゃないかな。
こんなことを、去年の日記に書き綴っていた。パリのテロ襲撃の後くらいに。
やっぱり今でも、人は決断したときが一番強いと思っている。
だけどあまりにも大きな社会的な衝撃が走ると、決断よりも先に大きなものに飲まれてしまう、とは思う。
2015年9月24日木曜日
ひとり
誰のことも独りにしない、それを理想じゃなく自分のこととして感じながら生きていきたいと思う。
学生ではなくなることを、たくさんの人が社会というものを強い言葉で念をおしながら話してくれる。
でも、私はずっとこの社会で共に生きてきたつもりなんだけどな、と思う。
それが甘い考えでも、どんな社会だとしても。
2015年6月20日土曜日
世界難民の日
衝撃は無意識に残るけれども、思いやりや善意、想像力はどうしても意識的なことを重ねていかないと私達の行動基準まで残ってはいかない。
テロや人質、殺害、様々な映像や鮮やかに可視化されたものが蔓延しているこの現代において、私達の無意識の中には本来知り得ないものに対する否定的なイメージが瞬時植え付けられていく。
日本で生まれ、日本で育ってきた私はたくさんの音楽と情報を日本の中で浴びてきて、中学生あたりのころから漠然と世界に、日本の外に想いを馳せていた。ここで音楽は本当にたくさんのことを教えてくれた。何でロックは社会の中にいる自分自身を嘆くのか、音で表現する人達は何故世界の貧困やエイズ、難民問題に関心をもってそれらを奏でるのか。そこに私のやるべきことがある、私はそこで何かをするんだと、自分の近くではない遠くにただ自分の何かを求めて、「助けが必要な誰か」を頭でイメージしていた。
そんな中、私がまた行きついた現実は日本の中に難民がいること、難民になることを希望して日本に来たはずなのに日本の入国管理センターに収容されている人達がいること。そしてその大きな入国管理センターが私の地元にあるということ。
私の中でその事実全てが衝撃となって無意識の中に入っていった。その全ては負のイメージだった。思いやりでも善意でもなく、そのような事実が私の認識する世界の中にあることが許せなかったのかもしれない。
実際に難民の人やその家族との関わりが深まるにつれ、彼らは私が持っていた衝撃的な事実の一部なんかじゃなくて、ただただ私と同じ一人ひとりの人間だと思わずにはいられなかった。
私達と同じように何かから衝撃を受けたり、感動したり、勉強したり、恋をしたり、生活を営み、生きている。
ただ一点、私達と違うところは、私達が想像もできないような追われる恐怖、武力や制圧の中で生きてきた体験。でもだからといって、私達と彼らの生きる今の価値が違うわけではない。
今でも、善意や思いやり、そして自分以外の他者に想いをはせる想像力を、どうやったらみんなが持つことができるのか、留学して環境を変えて色々なことを考えてみたけれども、今でもどうすればいいのかわかってはいない。
だけど、そんな誰かの為に何か行動として自分の人生に織り込んでいくことを、衝撃的なものとして返還することができるのなら、忘れることができないような、あの残虐非道な映像や震えるようなニュースを超えるくらいの優しさの衝撃を人の中に入りこませていくことができるのなら、もっと誰もが行動の中に優しさを含ませることができて、もっともっと誰もが生きやすくなるんじゃないかって本気で思っている。
6月20日世界難民の日というものがあって、その日に、その日じゃなくても優しさや世界中の問題やそこで生きる人々に想いをよせる想像力をを様々な形で広げようとしている人達がたくさんいる。災害も、戦争も、恐怖、孤独、諦めや絶望も、一人ひとりの中に溢れているけども、それと同じくらい私達は喜ぶことも、幸せを見出すこともできる。
私は本当に幸せ者で、同じように気持ちや目標を共有できる人達に囲まれている。それは日本に帰っても、世界のどこにいても。留学して、このことを強く確信できた。
多分これが留学中最後のブログになるかな。もうすぐ帰国です。
音楽:音沙汰/SUPER GOOD
2015年6月6日土曜日
2015年4月3日金曜日
夢の話
私、よく夢を見るし、それをすごく覚えているんです。
「あー今これ夢だわ、もっと無茶して泳ごう。」なんてのもある。
去年の春あたりに、夢の中で崖と太陽と水平線を見たんですよ。
夢って普通ぼやあぁぁっ....ってしてるじゃない?でも、その時ははっきり、くっきりと鮮明に、目を見開いてすぐ傍で見ているようで。
よく神話やら宗教の話で夢でお告げを聞いたってのがあるけど、
去年の春あたりに、夢の中で崖と太陽と水平線を見たんですよ。
夢って普通ぼやあぁぁっ....ってしてるじゃない?でも、その時ははっきり、くっきりと鮮明に、目を見開いてすぐ傍で見ているようで。
よく神話やら宗教の話で夢でお告げを聞いたってのがあるけど、
なんだかすごく気持ちが理解できる気がする。
あんなにはっきり鮮明に見たら、そりゃ何もせずにはいられないわ!
しかもそれで信じている神様とかに何か言われたらそりゃもう、伝道するわ!!
とは言え、私は信仰などとは関係なくいつも夢をただ楽しんでいるだけなんですが、
この時ばかりは夢のことが忘れられなく、もう一度同じ光景が見たい一心で、夢に似た写真を探しまくってました。
で、見つけたんです。それがポルトガルでした。
ポルトガル南部でユーラシア大陸西南端のサグレスという土地の、崖の写真を見つけてしまいました。そんな理由でポルトガルを目指し、行って思ったことは一つ。
夢よりも美しいものが現実にはある。
夢で見た光景とは全く違いました。全然違う景色でした。
波の音、潮風、そして水平線と崖の圧倒的な存在を目の前にして、夢なんていう個人的なものなんかとは比べものにならないくらい美しいものがそこにはありました。
あの美しすぎる夢は、「夢ばっか見てんじゃないよ、現実でもっといい場所探してこいや。」というお告げだったのかなって感じてます。美しいものを見せつけて行動を促すというオラオラなお告げ。
後から知ったのですが、サグレスは沢木耕太郎「深夜特急」での旅の最終地点として知る人ぞ知る場所らしいです。ここが私にとっても何かの区切りだったのかも。
ポルトガルにいた期間は、いつもみたいにゴネゴネ考えながら動く頭でっかちになる旅とは違い、
ひたすら周りの環境に心を開いていた気がする。
なんでもいいしどこにいてもいいから、もっともっと生きていきたいな。
〈写真〉
1: Cabo da Roca, Lisbon(ロカ岬)
2.3: Porto
4: Sagres
しかもそれで信じている神様とかに何か言われたらそりゃもう、伝道するわ!!
とは言え、私は信仰などとは関係なくいつも夢をただ楽しんでいるだけなんですが、
この時ばかりは夢のことが忘れられなく、もう一度同じ光景が見たい一心で、夢に似た写真を探しまくってました。
で、見つけたんです。それがポルトガルでした。
ポルトガル南部でユーラシア大陸西南端のサグレスという土地の、崖の写真を見つけてしまいました。そんな理由でポルトガルを目指し、行って思ったことは一つ。
夢よりも美しいものが現実にはある。
夢で見た光景とは全く違いました。全然違う景色でした。
波の音、潮風、そして水平線と崖の圧倒的な存在を目の前にして、夢なんていう個人的なものなんかとは比べものにならないくらい美しいものがそこにはありました。
あの美しすぎる夢は、「夢ばっか見てんじゃないよ、現実でもっといい場所探してこいや。」というお告げだったのかなって感じてます。美しいものを見せつけて行動を促すというオラオラなお告げ。
後から知ったのですが、サグレスは沢木耕太郎「深夜特急」での旅の最終地点として知る人ぞ知る場所らしいです。ここが私にとっても何かの区切りだったのかも。
ポルトガルにいた期間は、いつもみたいにゴネゴネ考えながら動く頭でっかちになる旅とは違い、
ひたすら周りの環境に心を開いていた気がする。
なんでもいいしどこにいてもいいから、もっともっと生きていきたいな。
〈写真〉
1: Cabo da Roca, Lisbon(ロカ岬)
2.3: Porto
4: Sagres
2015年3月15日日曜日
飲みニケーション
ZAZEN BOYS - HARD LIQUOR
私は酒癖が悪い。
年に1、2回程はとんでもなく周りの人にお世話になっている(迷惑をかけている)。
飲むとすぐ酔ってしまって動けない、というタイプではなく、周りが飲んでいようといまいとひたすら飲みまくって騒ぐ。ここまでならいいんだろうけど、誰がどう見ても「これはやばいな」という状態まで行くことがたまにある。本当にどうしようもないくらい面倒くさいタイプだと思う。
まあ私の酒癖はともかく、お酒にまつわる経験から感じることはたくさんありまして。
全く飲まない人も、嗜む程度に飲む人も、浴びるように飲む人もいる。みんなそれぞれの楽しみかたがあっていいと思うんだけど、それぞれのタイプ同士で否定しあっているような気がしてならない。それが嫌でして。
ということで、まずは簡単な分類から。主に学生の飲み方で、科学的分析ではなく完全な経験則です。
レベル1:「ご飯を一緒に食べよう」感覚の飲み方
美味しいものの一つとしてお酒を捉える飲み方。今はファミレスでもカフェでもお酒のメニューがあって、飲みたい人は気軽に頼めるし、「ご飯一緒に食べる」の一部であり「酔う」という感覚ではない。誰とでも気軽にできるお酒の飲み方だし、飲みたくなければ飲まなくてもOK。
レベル2:「飲みに行こう」から始まる飲み方
お酒をきっかけにした交流方法。成人すると多くの人が使うセリフ。少人数2~5人くらいだと気軽に自分のペースで飲める。仲良くなりかけのタイミングで使われることが多い。場が緊張し合っている状態でもお酒で緩めることができるが、人数が多くなりすぎるとお互いの話をすることができずなあなあで終わってしまう場合も。しかし仲良くなってみたい、もっと知りたいという気持ちが前提にある。
(例:ゼミや授業メンバーでの飲み会)
レベル3:「飲み行こう!」で更に友情を深める飲み方
もともと仲の良い人同士でお酒を交わしながら話すことでリラックスした状態で話すことができる。ご飯だけではなく、お酒によって更に気持ちを緩めることによって普段だったら話さないような愚痴や夢などを語ることもあり日常と非日常の間のような時間。
レベル4:「飲むことが目的」の飲み方
会話はほぼなし。飲んで酔って騒ぐことが目的。普段の生活では見ることのできないような一面を見ることができるので、ほぼ非日常の世界。仲良くなる前であっても、ある一線を越えたお互いの姿を見ることで連帯感が生まれる。つまり、お酒によって共通経験を創り出すことによって独自の共通言語が生まれる。友人を自然につくることが苦手な性格であっても、このような飲み方に適応することによって交友関係をつくることができる。
(例:飲み会を主としたサークル(飲みサー))
学生同士であっても、飲み方で人の中身を決めつけてしまって交流が閉ざされてしまっていることもある(特にレベル4)。不器用な人も、おもしろい人も、普段とても真面目だからこそレべル4のように飲む人もいて、お酒を飲んでいない時でもみんな素敵な内面を持っていると思う。
私はまだ学生目線でしか飲み方を知らないので、会社に属した場合だからこその飲みにケーションやお酒との付き合い方がどのようなものなのかとても興味があるのです。
飲みニケーションといえば、日本社会の習慣として悪い面も指摘される。強制的に飲みにいかなきゃいけないのか、自分の時間や家族との時間に支障が出る。上下関係の延長、等々。
でもね、飲んでる状態じゃないとちょっとした本音を言えない人なんてたくさんいる。逆に、飲んでなくてもしっかり意見をまとめて言えて、お酒を使って仕事の話をする必要なんてない人だっている。
もしかしたら、今の日本社会は前者が、話すための口実として「飲むのも仕事のうち」といって強制的な飲み会にしてしまったのかもしれない。
飲まないと言えないことがあること自体、普段から嫌なことや本当は言いたいけど言いにくいことを常に周りと共有できないことが私は問題だと思う。だけど、中々この状態っていうのは変わっていけないとも思う。
だからこそお酒の場というのはうまく使っていく必要があるし、もっともっと多様化していけばいいんじゃないかな。
私は声を大にして言いたい!「あの人はすぐに飲みに行きたがる」とか、「あいつ全然飲まないから」、「飲み会に来るけど全然あいつ盛り上がらないよね」なんてお酒でお互いを区別するのはやめようじゃないか!
「飲む」とうい言葉が先行して、「この人と飲むの?」又は「お酒はいいや」と考えるのではなくて、何でその人がそう言ったのかちょっと想像してみるとその人のことを知るきっかけになるかもしれない。もっと好きになれるかもしれないじゃないか。
とは言え、人に迷惑をかけるような飲み方はしてはいけないと思ってるので、その反省の意を込めた本日のブログでした。
こんなこと言っているけど、やっぱりまたしてしまいそう。そんな時は、「ああ、こいつ安心してんだな」って暖かい目で見てやってください。そうなんです、安心しきって大好きな人と一緒にいるって時にしか泥酔しません。私なりの不器用な愛情表現です。
終わり。
2015年2月20日金曜日
正直な街
ベルリンに数日間行ってきた。
ベルリン大聖堂、いくら近くで見ても実物の建物なのか信じられないくらい、それ自体が絵画のような不思議な存在。
立派な建物も廃墟も、壁のグラフィティも工事過程も人も何もかもがそこにあって、本来の意味や正直な感情が全部「イケてる」感じで盛り込まれた街、それがベルリンなのかなって。
着いた初日からビシビシしびれる滞在だった。
それに、ベルリン滞在中に日本から来た大切な友達と会うことができて楽しくて仕方ない時間を過ごした。大切な人に会って楽しい、その感情をまた思い返すだけで今度は嬉しくなる。
嬉しいこと、楽しいこと、伝えたくてどうしようもないことが正直に溢れ出ている人になれてるかなって、ベルリンから帰ってきてからそんなことを思いながら書いています。
今は会って話すことができない日本にいる大切で大好きな人たちへ、伝わってますか?
こんなちょっと恥ずかしいような言葉も、今は堂々と言いたい。
そんなことを思いつつ留学も残り5カ月を切りました。はやい。
2015年2月2日月曜日
Smile. Tomorrow will be worse.
ビールがあったら飲む。ワインがあったら飲む。ウイスキーがあったら飲む。日本酒があったら日本アピールして飲む。音を聞いたら動く。好きだったら好きって言う。
それがいまこの生きている瞬間だし、それが全て。
「笑いなって。明日はもっと悪い日だから。」
"Smile.Tomorrow will be worse. "
マーフィーの法則より
2015年1月13日火曜日
叫び
Otep / Warhead
人はどうして叫ぶのだろう。何のために叫ぶのだろう。
アイドルを見た時の黄色い声や地鳴りのような声、あれきっと出ちゃうんだよね。
デスヴォイスで叫ぶヴォーカル、叫んで言葉以上に伝えようとしている。
酔っぱらって声がどんどん大きくなって終いには、素で何かを言いたくなって声を出し切っている。
ライブで曲が始まったり終わる瞬間、もう、これも出ちゃうんだろうね。
デモ行進するときの声、主張をすればするほど大きくなる。
何かを決意した時、自分の終わりを知ったとき、叫んで感情を出し切ってから行動したり。
人間の一番見えないところを聞いているみたいで、聞いているだけで震える。
きっとみんな普段の生活では出さない、出す必要もないし、出しても変な目でみられてしまう。
逆に叫ぶとき、それは普段の生活ではないし、出す必要があって、変な目で見られても構わない時。
もっと、叫んでもいい、叫んだら誰かがあたたかい目で振り向いてくれるような世界だったらどうだろう。そうすれば誰も叫ぶほど苦しくなったり、喜びも悲しみも感情を叫び、そこにだけに押し込まなくてもいいのに。
叫ぶ時には準備なんて誰もしていない、もうどうしもようもなくなって叫んでいる。
もっと柔らかく暖かく普段から、叫びと同じくらいの感情を出せる世界はどんなところだろう。
そこは全然冷たい世界じゃない気がする。
画面越しにいる人ではなくて、もっと近くの人に普段から好きと言えていたなら。
口ずさんだ曲を隣にいる人も歌ってくれたなら。
素敵な音楽を聴いたときにその気持ちを聞いてくれる人が、
ちょっとした冗談でも悩みでも、笑って聞いてくれるひとが、
社会の中でおかしいと思ったことを、一緒に考えてくれる人が、
傷付いて辛くてどうしようもない時に話しをきいてくれる人が、傍にいたなら。
本当はもっと、もっと時代の中の人の感情は軽くて柔らかくて、構造なんて後からついてきたもの。
なのに、構造に押し込まれて感情が極限まで達しないと出せないなんて、なんて冷たい世界だろう。その叫びの間に何があったのか見ようとしないなんて、なんて想像力のない世界だろう。
2015年1月8日木曜日
怒りの矛先
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150108/k10014527301000.html
「仏全体への攻撃だ」
そう言えるのかもしれない。フランスが大切にする民主主義や自由表現への対抗と言えるのかもしれない。
しかし、その攻撃の抗議としての対象が、フランスやヨーロッパに住むイスラム教の人達にならないように願う。
極右政党フランス国民戦線は、テロリストや殺人犯に対する死刑の復活を求める他、移民の排斥を主な主張している。フランスに限ったことではないが、このような極右政党は西欧で力を伸ばしていて、オランダ・スウェーデン・スイス・イタリアでは国内、欧州議会で議席を伸ばしている。
昨日今日でフランス国内で市民のデモが盛んに行われているようだが、一時的な熱のように可視化されなくとも、今後選挙における国民の極右政党への支持は水面下で伸びていく可能性は上がっていくかもしれない。
テロリストとイスラム系移民は直接的に結び付けて認識されるべきものではない。
#JeSuisCharlie このハッシュタグでtwitterを見ていると、様々な呟きが次から次へと流れてくる。
「表現の自由を支持する」「こんな風刺画を描くべきではない」
そして
「この事件について謝りたい。なぜなら私はイスラム教だから」
これだけに限らず、#NotInMyName のハッシュタグを付け、イスラム教の名のもとで今回のテロを批判する声がたくさんあがっている。
2週間前に私が訪れたあの大好きな場所パリに想いを寄せながらも、私は何もできないことを知ったし、今、パリに、そして西欧、世界に生きるイスラム教の人々が恨まれ排斥されないように。そしてその感情がまたどこかで誰かを苦しめないように。そう願っている。
今何もできない自分を悲観せず、するべき時に冷静に行動できる人間になりたいと思う。
2015年1月1日木曜日
工事中
ドイツ、デュッセンドルフ。
ここは、国際的な商業の中心でもあり街を歩いているとオフィスがたくさん並んでいる。しかし住宅街や旧市街、自然、川もたくさんあり東京23区をぎゅっと小さくしたような街のように見える。そして現代美術で著名な街。ヨーゼフボイスの出身校でもある国際芸術アカデミーもある。
現代芸術に焦点をあてた美術館がたくさんあった。インスタレーションを中心として、その場所にその時に行かなければ感じることのできないような表現をたくさん感じることができた。
デュッセンドルフ街中はたくさんの工事中の過程が見えた。
日本では年末に公共事業としての工事が増えるなんて噂もあるけれど、デュッセンドルフがどうなのかは分からない。むしろ工事中のものが年末休暇で止まっているようだった。
ゆっくりすぎて見えなくても、建物も人もこの世にあるものはみな変化している。完成したと誰かが言っても、その瞬間から新しい空気にさらされ、いくつもの季節を、時代を過ごしていく。工事中の建物は、見えないその変化をよく気づかせてくれる。現代美術のインスタレーションのように、アーティストの手を離れ展示された瞬間から、人が訪れる瞬間ごとに変わっていくことを予め認めたような表現が好きだ。
完璧なんていうものは芸術にも、人の人生にも、客観的に見たらどんなものにも存在しない。人の気持ちの中で完璧だと思ったものだけが完璧であり、そう思わなくなったらもうその気持ちの中にも完璧は存在しない。
西欧でいう「苦情をしっかりいう」ことが重要。と、本当にそうなのかとずっと疑問を持ちながら過ごしていた。ちょっとしたことで自分から謝って、引き下がってはいけないと。
美術館の中で荷物を預けようとしたら壊れたロッカーにお金を入れてしまい、「このロッカー使えないんですけど、お金返ってきます?」と言うと、自分でしっかり確認してから使わなきゃ!で、どの番号なの!?!?!?みたいなかんじでものすっごい勢いで怒られたんだけど、とっさに荷物を出してしまって自分でもどの番号だかわからなくなってしまった。しかも壊れたロッカーだらけだったもので。「どの番号だか分かんなきゃ出せないのよ!ホラホラどれよ!?」と、ロッカーバンバン開けたり閉めたりしながら言われビビりまくる私。
言い返す度胸もないので「もういいです私のせいなんでごめんなさい」とそそくさとお金は諦めて出て行ったのだが、結局大きい荷物は預けなきゃいけないからもう一回そこに行かなきゃいけなかった(笑)どうしてもロッカーの使い方分からないし壊れたロッカーばっかりだし、私に怒った人にもう一度「どうやってこのロッカー使うんですか、、、、、?」とショボショボしぶしぶ聞いたら、「ほらさっきのお金!はい!」って渡してくれました。何だ物凄く優しい、、?私のほうが申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。
苦情や文句を言うことよりも、しっかり自分の状況を伝えてお互いでどうするか決めるということが重要なのかもしれないと感じた。苦情という言い方は正しくないかもしれない。
次はしっかりロッカーが壊れていないかどうか確認しよう。いやでもあそこのロッカーの半分くらいは壊れていたように思えたが、、。
苦情や文句を言うことよりも、しっかり自分の状況を伝えてお互いでどうするか決めるということが重要なのかもしれないと感じた。苦情という言い方は正しくないかもしれない。
次はしっかりロッカーが壊れていないかどうか確認しよう。いやでもあそこのロッカーの半分くらいは壊れていたように思えたが、、。
壊れたものも、決められたことも全て認めた上で使う者管理する者同士がお互いに問題を共有し合ったうえで話し合うことが大切なんだと感じたし、それは西欧に限らずどこだって一緒だと思う。ルールだってなんだって結局そうやって人が加わって常に臨機応変に使われていく。
決められた未来も、過去もない。ただそこに今の自分自身があるだけで、その自分自身も誰かに、何かに影響されながら常に移り変わっている。そんなことを感じた小さな旅だった。
決められた未来も、過去もない。ただそこに今の自分自身があるだけで、その自分自身も誰かに、何かに影響されながら常に移り変わっている。そんなことを感じた小さな旅だった。
2014年12月26日金曜日
パリは、美しいもので溢れている
お金がなくとも、美しいものに触れる機会はあるようだ。
パリに行ってきた。その際にオペラ・バスティーユにてプッチーニ作曲のオペラ「ラ・ボエーム(La Boheme)」を鑑賞した。オペラ・バスティーユでは会場オープン2、3時間前に並んでいれば5ユーロで4階の立ち見席のチケットを手に入れられる。ステージの全体を見ることはできないような位置ではあるが。
ちなみに、パリでは18歳未満・EU圏内の住民権を持つ25歳以下・失業者等のある条件を満たしている場合に入場料が無料という美術館は珍しくない。あのルーブル美術館もそうだ。
この日、私の中でオペラのイメージは変わった。与える側は相当な努力と表現へのこだわり、熱を持って空間を創っているのであり、受ける側もそれと同じだけ外見やそれ相応の富を持っていなければならないと思っていた。しかし私は5ユーロを払い、ジーンズにTシャツ姿で予約なしであの空間にいた。ステージの正面から見る人達とは全く異なる斜め上から、ステージを軽く見下ろしつつあの空間を感じた。
着飾ることや社会的地位を求める人も、そんなものには興味のない人も、誰しもが同じようにそれぞれの人生を持っている。それぞれが熱を注ぐ場所が違うだけ。
地位を大切にする人はそれらに価値を見出し、それ自体が自分や自分にとって大切なものを守る方法だと感じているのかもしれない。それらはどうでもいいと思う人達だって、自分のいる場所に誇りをもって生きて、そして大切なものを守ることができる。
私は裕福な人を差別していたのかもしれない。社会的弱者が差別されないようにと思っていただけなはずなのに、いつの間にか富を持つ人をただ批判したり軽視するようになっていたのかもしれない。
本質的な問題やその原因を見るべきなのに、いつの間にか私もたくさんの人を差別していたかもしれない。
あのオペラ座の中では、どんな席でも、何をまとっていても、全ての人が同じ空間の中で音を感じていた。そこには何の差もなかった。たとえ見えなくても聞こえ、感じていた。
与える側が開こうと思えば、芸術は誰しもに届くのかもしれない。
それに、パリは美しいもので溢れていた。
街並みや文化遺産の輝きは、国や人々に愛されているからこそ滲み出ていて、洗練されているように感じた。それらの周りには一時限りの観光客が集まる。私もそうだ。そして、その輝きと訪れる人々の周りは常に富に包まれており、その富の周りには物乞いやスリ、持たざるものたちが集まる。
輝かしいものが密集すればするほど、その対照となるものも同じだけ密集していく。
私はあのパリの地下鉄の、輝く街並みの下の雰囲気が気に入った。
トレンドをまとう人もいれば、観光のためか動きやすくラフな服でキョロキョロ移動する人、駅のホームでダンボールを敷いてすやすや眠っている人、お金を求める人、楽器を弾く人、そして地下鉄内の壁に描かれた大量のグラフィティ。
パリは、輝かしさ、対局としての汚さ、そしてその中間、パッと見るとそう区別できるのだろうが、それぞれが様々な色をまとって、誰もマジョリティではない、誰もマイノリティではない、住んでいようが、ただ訪れるだけであろうが、物質的なものを持っていようがいまいが、誰しもが独りの、一人の、人間だった。
そこでは何も輝いていない。何も汚くない。ただ、人生をまとう姿が、それらの全てが美しかったように思う。
2014年12月18日木曜日
2014年12月11日木曜日
フィルター
いくら何を考えても、うじうじしていても、結局は音楽を通して見る世界ほど本能的に私に繋がってくるものは他にない。
依存してても、弱くても、どんなに非難されようとも、私は音楽を通してみる世界しか本気で見れていない。
世界の全てを知ることなんて誰にもできないんだから、ひとつくらい心から大好きなものがあって、それを通して何かを知ることも許されてほしいと思う。
私はすごく音楽に甘えているのかもしれないけど、人が本気で素直になれる場所って音楽だけじゃなくても、どこかにあると思うんです。気付いていないだけで、結局何かを通して世界を見ている。そのフィルターは人によって違うけど絶対存在している。
今の私にとって大切なものは音楽だけじゃないけど、でも、でも私はやっぱり音のある世界が大好きだな。
もうこのブログに方向性なんてありません!
2014年12月2日火曜日
エイズデーから考えるキャンペーンの意義
今日、12月1日は世界エイズデーです。
社会問題に関連したキャンペーンにどんな意味があるのでしょうか、啓発することに何の意味があるのでしょうか。エイズデーのキャンペーンから、少し考えてみたいと思います。
1エイズデーとは何か
「世界エイズデー(World AIDS Day:12月1日)は、世界レベルでのエイズのまん延防止と患者・感染者に対する差別・偏見の解消を目的に、WHO(世界保健機関)が1988年に制定した」日です。
現在、この12月1日を中心に、世界各国でエイズに関する啓発活動が行われています。特にその活動の象徴となっているものが「レッドリボン」です。
レッドリボンとはもともと病気や事故で人生を全うできなかった人々を追悼するためのヨーロッパの習慣でした。これがエイズと関連して用いられ始めたのは1980年以降、世界的に著名な人々がエイズ発症が原因で亡くなることがニュースになり、この病に注目が集まり始めた頃でした。例えば、ロックバンドQUEENのフレディーマーキュリーがエイズ発症によって亡くなったことはよく知られていると思います。彼らを追悼し、エイズの偏見をなくし認知度を高める為の運動がこのレッドリボンを通して起こり始めました。
2エイズとは何か
エイズはHIV、「ヒト免疫不全ウイルス」が原因である感染症で、エイズ(AIDS)=HIV ではありません。
「HIV」 つまり「ヒト免疫不全ウイルス」 のが感染し免疫力が低下し、健康な状態では何も起こらない菌やウイルスで様々な病気を発症し、その病気が「エイズ指標疾患」に当てはまると「エイズ発症」とされます。
重要な点は、エイズは予防が可能であり、感染した人も治療を続けることで発症を防ぐことができます。
この投稿では、キャンペーンについて書くことを目的としているので詳しくエイズについて知りたい方はこちら下記のリンクや、検索などで調べてみてください。
http://www.std-lab.jp/stddatabase/hiv-aids.php (STD研究所)
http://api-net.jfap.or.jp/event/HivInsWeek/special2014/WorldAidsDay2014.html (API-Netエイズ予防情報ネット)
ちなみに国内でのエイズの現状として、2013年度の新たなHIV 感染者数は 1,106 件、AIDS患者数は 484 件と報告されており、2012年と比較するとHIV感染者は104件増加、AIDS患者は37件増加しています。
これらはあくまで2013年度の新たな発生報告件数であり、2013年時点での累計報告数は HIV 感染者 15,812 件、AIDS 患者 7,203 件で計 23,015 件です。
(参考:厚生労働省エイズ動向委員会「平成 25(2013)年エイズ発生動向 」http://api-net.jfap.or.jp/status/2013/13nenpo/h25gaiyo.pdf)
3エイズデーキャンペーンの例
この現状を背景に、日本では「AIDS IS NOT OVER ~まだ終わっていない~」 をテーマに医療関連機関、NPO・NGO、公団などが音楽イベントやエイズ検査の機会を設けるイベント等のキャンペーンを行っています。
【国内でのイベント例】
Act Against AIDS
http://www.actagainstaids.com/
RED RIBBON LIVE
http://redribbonlive.net/
世界レベルで見ても、様々なアクターによるキャンペーンが行われています。
【企業によるキャンペーン:商品購入や寄付→エイズ支援団体援助】
THE BODY SHOP
http://www.the-body-shop.co.jp/values/stop_aids/
M.A.C Aids Fund (英語)
https://www.macaidsfund.org/
コカコーラ SHARE THE SOUND OF AN AIDS FREE GENERATION (英語)
http://www.omaze.com/experiences/coke-red?
アップル 特設アプリストア「Apps for(RED)」
4キャンペーンの意義
12月1日がエイズデーであると定められていますが、この日だけエイズが発生するわけでも、この日に努力するだけで抜本的に何かが変わるわけでもありません。
継続的なキャンペーンは、問題が深刻化、表面化する前に知ることができる。これがキャンペーンの本質だと思います。
一方で、エイズデーのようにキャンペーンそのものが慣習化されることによって、キャンペーンを見ても「社会貢献的なことをなんかまたやってる」と見てしまうこともあるかと思います。近年のキャンペーンの数々は、チャリティマラソンやチャリティ音楽フェスティバスのように、誰もが気軽に参加できるような魅力的なものがとても多く、キャンペーンだけが一人歩きしているように見えるかもしれません。
きっと、知ってほしい側、キャンペーンを仕掛ける側もとっても悩んでいると思うのです。
「エイズデー」を制定した国連としても、これを身近に感じてもらったりするのは難しい。
ですが当事者にとって、支援する方々にとって、政策をつくる側にとってこれを伝えるのって本当に難しいと思うんです。それに私達も、聞いても「結局何すればいいの?」となるのではないでしょうか。
しかし、キャンペーンのようなものがなければメディアにこのような問題が取り上げれるきっかけは、おそらく誰か著名な方が亡くなった際や、問題が表面的に噴出した後です。
それは、誰かが犠牲にならなくては社会的関心が集まらない現代社会を表しています。
このようなキャンペーンが起こる背景として、実際に助けが必要な人々や彼らや将来的な問題を防ぐ為に研究する人や支援する人、様々な人々が関係しています。
情報をどこでも気軽に得ることができる時代だからこそ、意図的につくられた「キャンペーン」というものの意味を掘り下げていくべきだと思います。
キャンペーンを知った後個人が自ら強く関心を持たなくとも、身近に感じることができなくとも、全体として市民の価値観や認識が形成されていけば、それらに関連した問題が噴出した際に興味や驚きの対象としてではなく、議論の対象として見ることができる。議論の対象として捉えることができれば、建設的に問題を私達の生きる社会の問題として対処できる。
私達の生きている現代社会に、もう少し関心を持って生きていてもいいかなと思います。
自分が思っているよりも様々な状況に置かれている人が存在していて、その状況を改善するために力を注いでいる人々がいます。
キャンペーンのやり方が気に入らなくとも、意味がわからなくたって、それらを取り巻く現実があるということだけは知っていてほしい。
そうやって私達の認識や世代間の価値観が形成されていくのだと思います。
今後は、エイズデーだけでなく、世界的トップスターによるキャンペーンの影響やその批判、キャンペーンによるパブリックイメージなど、稚拙な文章ではありますが、少しずつ色々な角度から書いていければいいなと思います。
2014年11月25日火曜日
留学について、最近思うこと
留学は一人の人間を根底から変えるような経験ではない。
しかし、自分の中で無意識に形成してきた土台に気付き、その上で新しいものを受け入れることができるようになる機会である。
留学し3か月経ち、そう思います。
留学は自分が生まれ育った日本という一つの社会、地域、学校、当たり前のように一緒にいてくれた家族や友人、それらからまるっきり離れることで意識することがなかった自分自身の価値観に気付くことができる経験だと感じます。
20歳前後で海外に行くということは、自分の価値観や性格を既に形成している上で異なる環境に赴くわけであって、いきなり「スーパーテンション高い人になった」とか「消極的な性格からスーパーアクティブな人になった」ということにはならないでしょう。(留学期間や身を置く環境にもよるだろうけど)
日本にいると、当たり前に受け入れてきた社会通念や常識に沿い、時にはそれを疑いつつ生活している。疑いつつもそれに従って生きている。
しかし異なる環境に行けば、疑っていたことを他と比較し自分なりのやり方で新しく生きる道を見つけられることもあるかもしれません。
ここにきて無意識のうちに享受してきた環境がなくなり、それまで意識することのなかった私にとって本当に大切なことが溢れ出るように込み上げてきて、それらに気付かずに過ごしてきた自分を何度も何度も後悔して日本に帰りたくて仕方なくなった時もありましたが、
それと同時に、既に私の大切なものの一つが今暮らすこの環境であることにも気付いて、毎日を大切にし目標を持ちながら生活できています。
今までの後悔も、大切にしていることも、この場所が好きだということも、全部受け入れようと思うようになってから、毎日新しい発見をして、更にそれを自分の中で消化できるようになりました。
少年たちから「ニーハオー!」とか、良い年した大人に汚い言葉を浴びせられた時でも、「自分とアジア人は違うんだ、という彼らのアイデンティティの形成に貢献した!」と喜ぶほどに心の余裕ができました。罵声万歳!
(ちなみに、オランダでこんなことは時々しかないです!心配なさらずに)
でも最近の辛い悩みは、相手が冗談でウケを狙っているようなことでも「ああ、そうだよな。こう思っている人も確かに他もにいるかもしれない」と受け入れすぎて、笑うタイミングを逃すこと。というか笑うタイミングが分からないのですが。あとは、カルチャーショックが皆無なこと(笑)誰のどんな言動を見たりされたとしても、驚けない。ユーモアのないつまんない人間になってきてるのかな、、本当に悩み!誰か助けて!!
とにかく、今はどんなことでも受け入れられるようになりました。
加えて、自分の好きな事ややりたいことを決して無理に忘れようとしたりせずに受け入れ続け、ひたすら学んで自ら動き続ければば、必ず一歩次の考えに行きつくということも学びました。
このタイミングで留学しなかったらこうは思わなかったと思います。本当に留学にきてよかった。
次の課題は、行きついた新しい考えを昇華していくことです。
「自分の根底を変えるのではなく、根底をよく磨いて見て、そこに色んなものを並べて受け入れたら新しい今が見えた!」
私の場合とは異なった留学の目的や方法もあると思うけど、これが私が思う留学で得ることだと考えます。
この投稿で勢いをつけて、12月1日までにもう一度ブログを書きます。
今回はなんだか抽象的でまとまらない文章になってしまったけど、次の投稿では今このように考えているからこそ伝えたいことを書きます。
「世界エイズデー」このキャンペーンから思うことについて。
二年前にもこのブログでエイズデーについて書いたので、あの時の自分と今の自分の記録としてもここに残したいからです。
あとついでに、書いたのに見られるのが恥ずかしくて留学前に引っ込めていた過去の記事(去年の)を何個か公開にしました。
日記は普段書いているけど、ブログという見られることを意識した場所に書くとまた違う観点が自然に出てくる時があるし、それを何年か経って見返すと更に新しいことを考えられたりするから面白い。
RED RIBBON Spiritual Song~生まれ来る子供たちのために~ / AIDSチャリティプロジェクト
(2007年)
2014年10月30日木曜日
October
・飛行機雲の行き交う夕日。空っていつも利用されてるんだなあとつくづく思う。
・オランダの列車。色がかっこいいぃぃ!
・思想家ルドルフ・シュタイナーの名に尻を向ける図。ロッテルダムの美術館Kunsthalにて。
2014年10月2日木曜日
「食」
先月、私の住むヘルダーランド州の都市Arhemに自転車で(超気軽に)行こうとして
2時間ほど進み改めて地図を見て遠すぎると気付き引き返しました...片道で6時間くらいかかりそうだったのでまた違う機会に行こう。
一枚目の写真は、第二次世界大戦時のマーケットガーデン作戦のメモリアルイベントでの戦車の展示。
自転車の旅を諦めた後、せっかくだから違う道で帰ってみたら偶然通りかかりました。
前回の投稿でも書きましたが、Nijmegenやこの近郊はこの作戦の要となった場所で有名なのです。
二枚目の写真は、引き返す時に撮ったトウモロコシ畑。
そうそう、オランダ料理=?いも?いもいも?そんなイメージを持って私はオランダに来ました。それに、オランダの食についてあまり耳にすることってないですよね?
しかし!オランダの「食」における評価は海外から非常に高いんです。Oxfam America reportという国際NGOが出したランク付けで、食料の供給体制や品質や価格、食事の健康、低体重児の比率、食物多様性、清潔な水へのアクセス、肥満や糖尿病といった食事がもたらす健康への悪影響などを考慮したランキングで、オランダは一位だそうです。主な理由は、低い食糧価格と糖尿病レベル、栄養価の多様性だそう。
参考↓
ニュースサイト REUTERSより
http://jp.reuters.com/article/oddlyEnoughNews/idJPTYEA0E01M20140115
http://www.oxfamamerica.org/static/media/files/Good_Enough_To_Eat_Media_brief_FINAL.pdf
食に関連して思い出したけど、オランダのスーパーに行くと大抵どの食材でもオーガニックのものがあります。それも、普通のものより20セントくらい高いくらいで。
肉、野菜、おかし、乳製品、飲み物、なんでもです。
今までは「食」というと、食文化・伝統とか味にばかり関心がいっていたけど
「食」においてもっと様々な角度から考える必要があるなと思いました。
ちなみに、オランダの土地は九州ほどですが、はアメリカに次いで食糧輸出量世界第二位。(自給率は70%前後)。
スーパー行って1時間くらいじっくり見て色々考える、という新たな楽しみを得た今日この頃。
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